徒歩で猪苗代湖一周 2022年

2022年5月26日木曜日。猪苗代湖を徒歩で一周してきた。周囲には5月中にやると宣言していたので、達成できて本当に良かった。


二週間ほど前、あらかじめルートを確認しておきたいと思い、まずは自転車で一周することにした。


出発して一時間、前輪が突然パンクした。え?まだ始まったばっかりなんですけど。パンクを直す術もなく、下見を断念するしかなくなり、使い物にならなくなった自転車を押して、トボトボ自宅まで帰った。結論、「一番信頼できるのは自分の足だ!」と、このとき悟った。


もう下見なんかしてられるか、ぶっつけ本番だ!ということで、今日一周してきたのである。 朝7時半。長浜(白鳥丸がいるところ)を出発して、湊、湖南、東側、という順に歩き、49号線に出たら、西へ向かい長浜に帰ってくるという、およそ60キロのコースだ。


長浜からレクリエーション公園までの49号線は歩道が無いので、少し回り道をして、天鏡閣と十六橋水門を通った。これは全行程に言えることだが、歩道がなく交通量の多い通りは、車との距離が近くなるので歩いていて怖い。できるだけ歩道がある道を選んで歩きたかった。そのための回り道だった。


湊を過ぎて黒森トンネルが見えてきた。トンネルの中に歩道があるか不安をつのらせながら近づいていくと、ありがたいことに幅の広い歩道があった。もし歩道がなければ、トンネルの中だけでもヒッチハイクしようと考えていた。歩道が無いトンネルを歩くなんて自殺行為だ。 黒森トンネルは960mほどあり、この長さのトンネルを歩くのは初めてだった。トンネルの中は、車が通ると、音が反響して物凄くうるさい。トンネル全体がゴオオオオオオオオっと地鳴りのように鳴って、自分の存在が薄まっていく。しかし、一旦車がいなくなると、今度は物凄く静かになる。シーーーーンと静まり返って、且つ、車が通らないとトンネル内の灯りが消える仕様になっているようで、トンネルの真ん中あたりで灯りが消えたときはなかなか怖かった。騒音、静寂、暗闇が、電源スイッチをon offするみたいに極端にやってくるので面白かった。


湖南のあたりを歩いている時、ふと、「これは道を間違っているんじゃないか」と不安にかられた。運良く近くに派出所があったので、地図を見せてもらった。そうしたら、湖からだいぶ離れていることに気がついた。道を修正すべく、教えてもらった青松ヶ浜に急いで向かった。結局一時間くらいのロスになってしまった。


ちなみに、僕はスマホを持っていない。今持っているのは、ネットに繋がっていないガラケーだ(スマホは嫌気がさして辞めた)。だから、その場で道を調べることができないのだ。が、しかし、道を間違えたおかげで、大阪屋というお店で、味噌ラーメンを食べてスタミナをつけることができた。ニンニクが効いたスープと、プルプルとした食感の多加水麺が消化に良さそうで、長時間歩いている時にベストなラーメンだった。今思うと、ここでちゃんと食事を摂っていなかったら、後半エネルギー不足になっていたかもしれない。道を間違えて、結果的には良かったのかもしれない。


一時間ロスし、なんとか青松ヶ浜に着くと、対岸に、磐梯山がドーンと見えた。いつもなら最高に気持ちのいいこの景色が、この時ばかりは精神的にキツかった。湖の大きさを目の当たりにし、東側の湖岸が遥か遠くに見え、まだまだ道のりは長いことを知り、絶望的な気持ちになった。「これは流石に無茶なことをしてしまったかもしれない」。しかし後悔しても仕方がない。もう進むしかないんだと腹をくくった(だって、ここから引き返しても、おそらく25キロくらいある)。


青松ヶ浜から湖沿いを歩き始め(ここでも道を間違えた。途中、薮の中を500メーターくらい進んでしまった)、船津からは見覚えのある道に入ったので一安心。ここからは道を心配せずに歩くことができた。 「名物アカハラの天麩羅」という古びた看板が静かにあり、最近新聞で読んだ小泉武夫さんの記事を思い出した。記事には、一昔前の湖南の豊かな食文化が、小泉さんのあの食欲をかきたてる独特の文体で鮮明に描かれていたことを思い出した。小泉さんは、本当に旨そうに文章を書く人だ。そして僕は今、そこにいる。しかし、アカハラの天麩羅を食っている余裕はない。


時間は14時半くらいになっていた。歩き始めて7時間が経っていた。湖の東側のトンネル(スノーシェッド?)は明るいうちに歩いておきたかった。なぜなら、あそこは歩道がないトンネルだと思っていたからだ。暗い中を歩いていたら事故に遭う可能性が高いと考えたからだ(あんなところ普通人は歩かないので、運転手も人が歩いているとは想定しないだろう)。しかし、ありがたいことに一段高くなった側溝のようなものが歩道の役割をしていて、その上を歩いて無事にくぐりぬけることができた。時間的にもまだ日は沈んでいなかった。


あ、そうそう。スノーシェッドに入る手前で、一台のワゴン車が減速し、僕の目の前で止まった。なんだ?と思いながら追い越す時に車の中を覗くと、磐梯山の山小屋の長男だった。「わああ!」とお互いに声を上げて笑った。彼とは一週間前に翁島登山口の岩場で会ったばかりだった。「朝も見かけたんですが、スズキさん一体何してるんですか!?」と聞かれたので(まあ、至極真っ当な質問である)、「猪苗代湖一周してます!歩いて!」と言ったら、「うえぇーーーーっ!」とのけ反って驚いていた。それから幾つか短い話しをして、「今度感想聞かせてください!」と言ってブーンと去っていった。偶然の出会いに元気をいただいた。ありがたかった。


49号線に出たのは17時過ぎくらいだった。残りが見えてきて嬉しかった。もう少しだ!とテンションが上がったのだが、実はここからが一番長かった。疲労もピークに近づきつつあり、ペースは下がる一方。脚がどうにかなってしまって(極端に言えば靭帯が切れるとか)歩けなくなることだけは避けたかったので、志田浜では石のベンチに座ってゆっくりと休んだ(と言っても15分くらい)。志田浜からタロカフェまでが異様に長く感じた。いつまで経ってもタロカフェが見えてこない。こんなに遠かったっけか?と認識の甘さを痛感した。


タロカフェの横を通った時には、もう薄暗くなっていた。いよいよ夜が始まる。12時間以上はかかるだろうと想定していたので、ちゃんと小型のライトを準備してきた。このライトは、去年、深夜に磐梯山に登った時に使ったものだ。ある種、御守りのようでもある。その時は日の出を見るために登った。その話しはまたにしよう。たぶん今年も深夜に登るだろうから。


志田浜から長浜までは歩道がしっかりとあったので、車に轢かれる心配はなかった。とは言え、ちゃんとライトを点けて、運転手に存在を知らせるにこしたことはない。「一体こんなとこ歩いて何やってんだ?」と何台の車がいぶかしんだことだろう。まさか猪苗代湖一周しているとは誰も想像できなかったに違いない。


ガラス館の前で、またしっかりと休憩を取った。時間は19時36分だった。なぜ正確に時間が分かるかというと、父親から電話があったからだ。着信履歴。「家に帰ってきたのか?」と仕事中の父から電話があり、「いや、今、ガラス館の前で休憩してる。もう少しだ」と言うと、「長浜まで送っていくか?」と信じられないことを言う。いやいや、何言ってんの。ここまで来て送ってもらうわけないでしょーよ!。まあ、冗談なのだろうが。ありがたいことに、ここでも元気をもらった。


ポツポツと雨が降ってきた。空を見上げると、曇っているようには見えない。土砂降りにはならないだろうと思ったが、一応、レインウェアを着て、ザックにカバーを被せた。予想通り、ゴールまで強く降るようなことはなかったが、小雨が続いた。


長浜が近づくにつれ、泣けてきた。もう少しで終わる。24時間テレビで泣きながら走っているアレが頭をよぎる。いや、アレよりも俺の方が絶対に辛い、絶対に辛い。よく分からない対抗意識がチラつく。そんなことよりも、気がつくと呼吸がゼエゼエと荒くなっている。意識を呼吸に集中して、整えるように努めた。意識がどこかに行くと、また呼吸が荒くなってしまう。右手に持ったライトで足元を照らし、ゆっくりと、着実に歩を進める。ゴールは目前だった。


長浜に着いた時、朝置いていったスズキのバンが、暗闇の中で帰りを待っていてくれた。ようやく辿り着いた。ガラケーで時間を確認すると、20時18分だった。およそ12時間半。長い長い道のりだった。無事にやり遂げたことを、電話で何人かに報告し、運転に気をつけながら、帰路についた。



最後に、写真は今年最初(2022年)の磐梯山山頂からの景色。上から見ると猪苗代湖一周は簡単そうに見えた。しかし、実際にやってみたら、とんでもなかった。そりゃそうだ、単純に湖畔沿いだけ歩けるわけではない。もっと大きな円を歩かなければいけないのだから。


以上、記録としてここに残します。